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2008年02月04日

しめはこれですよね!

サラサラっと!

茶漬け(ちゃづけ)は、米飯に茶や近年ではだし汁もしくは白湯をかけたもの、またはそのような食べ物のこと。通常はお茶漬けと呼ばれる。なお、白湯をかけたものは一般に、湯漬けという。また冷水をかけたものを水飯 (すいはん)と言い、平安時代には一般的に食べられていたが、現在ではほとんど忘れられている。 この料理・もしくは食べ方は、お好みでご飯の上から茶(主に緑茶(煎茶)・ほうじ茶)やだし汁をかける。主に味の濃い食材を副菜として食をすすめる。 好みで梅干や漬物、鮭や海苔・佃煮・塩辛・山葵・たらこ(辛子明太子)などの具をのせる。

日本でのお茶漬けの始まりは、江戸時代に商家に奉公していた使用人(奉公人)らがその仕事の合間に食事を極めて迅速に済ませる為に、とった食事法であるといわれている。当時の奉公人らは一日の殆どを労働に充てており、また食事時間も上役に管理されていたため、自然とこのような食事形態が発生した。奉公先の質素な食事の中で「漬け物」は、奉公人にとって自由に摂れるほぼ唯一の副菜(おかず)であり、巨大なサイズの大鉢などに山のように盛られることが多かった。そのことも、お茶漬という食形態の定着に大いに関係したと推測される。

このような事からお茶漬けは、下層階級の食事形態とされ支配階級以上の家庭では大っぴらには食べず、やむを得ない場合の軽食とされた。しかし、実利を尊ぶ庶民には、お茶漬けはその利便性から非常に重宝がられ普及した。

なお飯に汁をかけるという供食方法としては平安時代以前に遡ることは確実で、例えば『枕草子』や『源氏物語』にも湯漬けが登場する。さらに中世には芳飯(法飯とも書く)という料理が存在していた。これは白飯もしくは混ぜご飯に七種類の具(野菜類が多い)を乗せ、その上から湯桶に入ったおこげにだし汁を加えたものを掛けた料理である。正式な本膳料理や精進料理にも供され、おかわりする事も可能な料理であった。現在でも長野県善光寺等で精進料理の一種として供されたり、沖縄には菜飯(セーファン)という芳飯に類似した料理が残されている。

明治時代の名古屋市では、「ひつまぶし」という鰻料理が生まれた。最後はお茶漬けにして食べる事とされている。

古くから食べられていたのは名の由来の通り熱い白湯(この場合は湯浸けと呼ばれる事もある)、茶をかけたものである。その手軽さから軽便食としては元より、豪勢なご馳走を食べた後の後口をさっぱりさせるため、また山岳食としても長らく親しまれている。これらでは、冷えて固くなった飯を急いで食べるために、飯だけを詰めた弁当箱に茶を掛ける人も見られる。

しかし、若い世代には市販のインスタント茶漬けのみを小さい頃から食べ慣れている事から、ご飯にインスタント食品の同製品でなく味のしない「お茶」をかけるのを好まない者もいる。ただ1990年代以降に日本で発生した朝粥ブームもあって、粥の類似料理である茶漬けに凝る人も見られた。

近年では、お茶や白湯の代わりに冷水をかけた冷やし茶漬けなども見られる。これは永谷園の提案によるもの(あくまでインスタント茶漬けを使ったものであり、上記の水飯とは別物である)。
(以上、ウィキペディアより引用)

胃に優しいです。

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